マルタンマルジェラ。1988〜2008の本人期、アーティザナル、オリゾンティタグとくに高価買取いたします。
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90年代中頃までは普通にインタビューも受け写真も撮影されたがそれ以降、基本的にインタビューは受け付けず、メディアへの対応はファックスなどによるアンケート形式をとる。その署名もすべて、「Maison Martin Margiela」で複数形となっている。「私」ではなく「私たち」と表現しています。
・1957年4月9日
ベルギーのヘンク(ラフシモンズとは同郷)で、イタリアにルーツを持つポーランド人の父親とベルギー人の母親のもとに生まれる。
・1976~1980年
アントワープ王立芸術学院で学ぶ。
・1980年
ミラノのファッション会社に勤務。
・1982年
ベルギーの会社のスポーツウェアをデザインする。また雑誌にイラストを描く。
・1983年
ベルギーで開催されたゴールデン・スピンドル賞のおかげで、初めての2つのコレクションを企画。この賞の審査員には、ジェニー・メイレンスとジャン=ポール・ゴルチエが名を連ねていた。
・1984年
ジャン=ポール・ゴルチエのアシスタントに就任。
1987年3月まで在籍。
・1988年
Jenny Meirens ジェニー・メイレンスの支援を受けて、メゾン・マルタン・マルジェラを創設。
・1988年10月
1989SS 駅のカフェ「ラ・ガラージュ」で初のファッションショーを開催 パリコレデビュー 。
引き裂いたシャツや石膏で固めた服など発表。その過激さから「デストロイ」と批評される。
コレクション会場に救世軍、病院などを使用 。
カメラマンの入場拒否やスーパーモデル全盛期にモデルの顔を布で 覆うなどショー演出も話題に。
素晴らしいテーラーリングのセンスに加え、タトゥーに見えるトロンプ・ロイユ(騙し絵)、「タビ」シューズ、表に出したタック、18世紀のネクタイにインスパイアされた髪飾りを首や手首、などその後のコレクションで繰り返し使われるアイデアが詰まっています。
他にもスレンダーなロングシルエットの洋服を身に纏ったモデルが、マスクで顔を覆い隠し、赤いペイントを施され白いランウェイに色を付けながら歩いていく斬新なコレクションを発表します。
コレクション最後の顔出し(挨拶)はしない。
・1989年
第1回アンダム・ファッション アワード(フランス国立モード芸術開発協会主催)で最優秀ファッション・デザイナー賞を受賞。
・1990年
アンダム賞の賞金でカンパニーをパリのサン=ドニ通りに移転し、“アトリエ・アーティザナル”をオープン。
1990AW
2シーズン目となるこのコレクションは割れた皿をワイヤーで繋いだベスト、肩がすぼまったジャケット、1940年代の舞台衣装にインスパイアされたスパンコール刺繍が施されたニットなどが印象的です。
モデルたちの爪はシルバーで黒のリボンを指輪のように5本の指に巻いています
・1991年
ガリエラ美術館で初のコレクティブ・エキシビジョンを開催。
1991SS アーティザナルライン、古着をリメイクした作品を発表、
パリコレでは前代未聞
以後も古着のリメイクや、既製品の後染め、あたり感のある生地使いなど
現在では当たり前の手法の作品を次々と発表したため当時は
「ポペリズム」(貧困者風の)などと称される。
・1994年
1994AW ヴィンテージの素材を使った初のシリーズを発表し、“レプリカ”と名付ける。
メゾンをパサージュ・ルエルにある600平方メートルのビルに移転。
1994AW Doll ドール コレクション ドール期オリジナル(1999SSにリバイバル)
1994AW AIDS T エイズTシャツ を始動。
・1995年
1995AW 古着などに手を加え作り直されたもの。アーティザナルアトリエとオフィスを合体した時のシーズン。このシーズンは5つのグループからなるコレクションでそののグループの一つがアーティザナルでした。コレクションでは別々に着るのではなく全てを組み合わせてコーディネイトしています。様々な時代の歴史ある服を忠実に再現したものは、その原型と時代の詳細をタグにスタンプしているようです。
・1997年
“6”と名付けた新しいベーシックス・ラインを始動。最初期はスタンプで⑥
ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館が、初のメゾン マルタン マルジェラの回顧展を企画。
1997SS 1997AW ストックマン コレクション。
ラフなリネン製の立体裁断に使われるテーラー用のドレスダミーを使用。
・1998年
エルメスのウィメンズプレタポルテ部門のアートディレクターに指名される。
1998AW~2004SSまで担当。
1998SS 1998AW 平面 フラットガーメント コレクション。コムデギャルソンと合同ショー
・1998年
1999SS ライン“10”(メンズ用ウェア)を発表。
またメゾン マルタン マルジェラの象徴ともいえる有名な白いタグが(フランス)産業財産庁によって登録された。
現在から過去10コレクションのアイディアを集約したコレクションを発表。1994AWドールコレクションのリバイバルも。
手袋がま口も。
・1999年
メゾン マルタン マルジェラのオフィスとスタジオをフォーブール・ポワッソニエール通りに移転。
1999AW 八の字ライダース1st(黒の牛革) Duvet Coat 布団コートも。
・2000年9月
東京・恵比寿に世界初の路面店をオープン
2002年12月には東京・南青山のフロムファーストビルに、
2003年8月には大阪・南船場にオンリーショップをオープン。
2000SS ビッグシルエットコレクション / ステレオタイプ
2001SS ドッキングシャツ
・2002年
メゾン マルタン マルジェラのブティックを東京・恵比寿、ブリュッセル、パリにオープン。
イタリアのOTBグループ(代表:DIESELの所有者レンツォ・ロッソ)がカンパニーを取得。
ジェニー・メイレンスが引退。
2002SS コットン八の字ライダース1st 不定期リリース
・2004年
メゾン マルタン マルジェラのオフィスとスタジオをリュ・サン=モールに移転。
2004AW レイヤードカレッジスウェット
サークル期
・2004年
“6”が“MM6”と改名される。
2004SS レディスの新ライン“4”の販売を開始する
・2005年
2005SS ベーシックライン“14”を発表。(マルタンマルジェラが昔見つけたVINTAGEを再現したライン)
影絵ジャケット
2005AW アクセサリーライン“11”とシューズライン“22”を発表。
・2006年
“アーティザナル・コレクション”が別のラインになり、パリのオートクチュール・プレゼンテーション・カレンダーに加わる。
2006SSから“0”“10”が“10”に。(“0”“10”のカレンダータグがなくなる)
2006年2月4日
東京・恵比寿の路面店を移転リニューアルオープン。恵比寿駅近郊の精密機器工場をそのまま用いたコンクリートの建物で、売場面積は従来の倍近い 350平方メートル。2階はオフィスで 3階はショールーム。
2006AW には、クチュール組合から正式に招聘され、パリ・オートクチュールコレクション期間中に招待メンバーとして、パリ11区にあるアトリエで、プレゼンテーション形式にてアーチザナルコレクション(0、0・10)を発表。尚、最も製作に時間が掛かったのは、スキー用ブローブを縫い合わせて作ったブルゾンであり、計103時間である。
・2007年
マルタン・マルジェラがOTBからの離脱を表明。
・2008年2月
サングラスライン“8”「L’INCOGNITO」デビュー。「匿名」という意味で目張りのようなフォルムが特徴。。
・2008年(2009SS)
9月29日のメゾン マルタン マルジェラの20周年を記念するショーで、マルタン・マルジェラがハウスを離脱
2009SSまでのマルジェラ在籍、本人期とされる。しかし、2000年頃にはほとんどデザインに関わってないともされる。
2008年11月
設立20周年を記念して、イタリアのジュエラー、ダミアーニとコラボレーション。イアリング、リング、ペンダントなど14個のコレクションを発売する。ナンバーは“12”
・2009年
ロレアルと共同で初のフレグランスを発売予定。ナンバーは“3”
2009年
R.E.MのMichael Stipeがメゾン・マルタン・マルジェラのためにスターリング・シルバーのマイクロカセットを制作。
「マイクロカセットはジュエリーとも美術品としても定義することができません。それは同時に両方の意味を持ち、所有者が望む方法で着用することも表示させることもできます」とマルジェラのスポークスパーソン。
マイクロカセットは199個限定。それぞれにStipeのサインがつけられる。
2009年12月
メゾン・マルタン・マルジェラはマルタン・マルジェラに代わるような後継者は指名しないことを明らかにした。「私たちは新しいクリエイティブディレクターなしで、アヴァンギャルドで刺激的なブランドであり続けたいと考えています。それは挑戦です。私たちは恐らく誤りを犯すでしょう。しかし、最も重要なことはそれらから学ぶことです。私たちは、メゾン・マルタン・マルジェラなのでマルタンの代理を起用しないという結論に達しました。マルタンは、デザイン・チームに『あなたは私よりマルジェラです』とよく言っていました」とメゾン・マルタン・マルジェラの最高経営責任者、Giovanni Pungetti。
2009年末
ボルドー近くのホテル、Ile aux Oiseaux at Les Sources de Caudalieのスイートをデザイン。ホテルはスミス・オー・ラフィット(Smith Haut-Lafitte、グラーブ地区最高のシャトーの一つとされるワイン)のシャトーに10年前にオープンし、宿泊客はレストランでワインを飲み、併設されたスパで温泉療法を楽しむことができる。マルジェラのデザインしたスイートは裸電球のライト、アンティークな鏡などクラシックなマルジェラ・スタイルが施され、木製のバルコニーから見えるブドウ畑とアバンギャルドな内装が対比するように装飾されている。
2011年4月1日
にリニューアル・オープンするMaison Champs-Elyseesホテルで7つのスイート、10のゲストルーム、ジュニア・スイート、デラックス・スイート、フル・サービスのスイート、レストランにラウンジバーを含む一階の57部屋をデザイン。「パリで最初のホテル・プロジェクトとして、別のメゾンを再解釈することができて、メゾンはうれしく思います」とマルジェラの匿名の代表。Maison Champs-Elyseesは1866年にRivoli公爵夫人によって設立され、モンテーニュ・アベニューやグラン・パレから数分の場所に位置する。
・2012年11月15日
H&Mコラボ 全世界のH&M店で発売。
マルジェラは「私たちのファッション民主主義は常に私たちの創造力の中心にありました。H&Mとのコラボは私たちがより遠くにこの本能を押すのを許します。私たちはすべてを驚かせる方向で、2つのハウスの対照的な宇宙をまとめます」との声明を発表した。
・2015年1月
2016ss オートクチュールコレクションからジョンガリアーノがデザイナーに
■MARTIN MARGIELA マルタン・マルジェラについて カレンダータグ
0 – アーティザナル 仕事により、フォルムをつくり直した女性のための服
0 10 – アーティザナル 手仕事により、フォルムをつくり直した男性のための服
1 – 女性のためのコレクション(ラベルは無地で白)
4 – 女性のためのワードローブ レプリカ
3 – フレグランスのコレクション
6 – 性のためのベーシックな服。
8 – アイウェアのコレクション
10 – 男性のためのコレクション
14 – 男性のためのワードローブ レプリカ
11 – 女性と男性のためのアクセサリーコレクション
12 – ファインジュエリーのコレクション
13 – オブジェ、または出版物
22 – 女性と男性のための靴のコレクション
MM6 – ♀のための服
■MARTIN MARGIELA マルタン・マルジェラについて 代理店について
「スタッフ インターナショナル」は、1976年イタリア、ノヴェンタ・ヴィチェンティーナで設立されて以来、ファッションシーンにおいて革新を続けてまいりました。先駆的ノウハウと熟練者のチームにより、一貫した刷新的事業を通して国際的に知られています。弊社は今、『Made In Italy』の名にふさわしい、世界のアイコニックなファッションおよびライフスタイルブランドをデザイン・製造・販売しております。
2000年10月「スタッフ インターナショナル」は、ファッション界の実業家、レンツォ・ロッソがオーナーを務める「オンリー・ザ・ブレイブ(OTB)」の傘下に置かれました。この合併の目的は2つの国際的パートナーを統合し、「スタッフ インターナショナル」をファッション業界の最前線に位置づけることでした。過去10年間にわたる発展で、「スタッフ インターナショナル」は大きな成果を収め、『ファーストライン』と『コンテンポラリー』の2部門を設立しました。現在、「スタッフ インターナショナル」と製造、販売のライセンス契約を結んでいるブランドは、「メゾン マルジェラ」、「ヴィクター&ロルフ」、「ディースクエアード」「ヴィヴィアン ウエストウッド」「マーク ジェイコブス メンズ」そして「ジャスト カヴァリ」です。
また、「9」がラッキーナンバーであり、フランスでマルタン・マルジェラを展開する会社はフランス語の「9」を意味する「ナフ(neuf)」と名づけられ、これに準じて日本での合弁会社は日本語で「9」を表す「ここのつ」から「ここのえ」と名づけられた。
日本ではワールド子会社のオリゾンティを経て、マルジェラを展開する仏ヌフ(パリ)、三菱商事、オリゾンティが共同で設立した「ここのえ(マルタン マルジェラ ジャパン)」によって販売されている。
スタッフ インターナショナル ジャパンは仏ヌフ社の子会社として、1999年7月に「ここのえ(マルタン マルジェラ ジャパン)」として設立されました。2008年3月、仏ヌフ社同様、伊オンリー・ザ・ブレイブ・グループの中核の一社である伊スタッフ インターナショナルがマジョリティーシェアホルダーとなったのを機に、<メゾン マルタン マルジェラ>に加え、2008年秋冬から<ディースクエアード>、2009年秋冬から<ヴィクター&ロルフ>、2010年春夏から<マーク ジェイコブス メンズ>、2012年春夏から<ジャスト カヴァリ>の展開を開始いたしました。2010年5月にスタッフ インターナショナルが全株式を取得し、完全子会社となりました。これに伴い、2011年1月より社名を「ここのえ株式会社」から「株式会社スタッフ インターナショナル ジャパン」に変更いたしました。
(スタッフインターナショナルの過去HPから引用)
マルタンマルジェラ・ジャパンの「ここのえ」はマルタン側と三菱商事との合弁で出来上がっているがこれがこのように整理されるまでこの契約は発表されなかった。当初の『ここのえ』はマルタンと三菱そしてオリゾンチィ社との3社間で始まった。その後、直営店プロジェクトが始まるとこのオリゾンチィ社に無能な社員ばかりで力が無い事が解りオリゾンチィ社を外そうと分担株を減らした。が、そうこうしている間にやっぱり、このオリゾンチィ社の無能力が倒産という行き着く結果を迎えた。その後、このオリゾンチィ社の親会社も無能な社員を持っていても仕方ないと言わんばかりに手放した。その先が伊藤忠。従って、三菱はこの数10%ほどの株を伊藤忠から買い戻さなければならない羽目になった。そして、それがちゃんと終わった段階でこの買収契約が発表されている。それに、仙台の最初からの大取引先である『レボリューション』がマルタンのオンリィーショップを造ってオープニングした後での事の次第でもある。全て、計算された結果の行動である。これは当然であるがこれ程迄に計算された結果の本当には裏が、何かがあるはずだ?
3ヶ月前には既にそれなりの社員たちには話があったという。では、マルタンジャパンの『ここのえ』には同じように話があったのだろうか?
(平川武治氏の過去ブログより)
OTBグループは、傘下でラグジュアリーやデザイナーズブランドの製造・販売を手掛けるスタッフインターナショナル(STAFF INTERNATIONAL)が展開する「メゾン マルジェラ(MAISON MARGIELA)」と「MM6 メゾン マルジェラ(MM6 MAISON MARGIELA)」の日本展開について、2017年10月1日に新会社マルジェラジャパンを設立し、スタッフインターナショナルジャパンから事業を移管する。マルジェラジャパンは、スタッフインターナショナルジャパン同様、OTBグループの100%子会社になる。スタッフインターナショナルジャパンの横溝知将・代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)が、マルジェラジャパンの代表取締役社長兼CEOを兼務する。
スタッフインターナショナルジャパンは現在このほか、「ディースクエアード(DSQUARED2)」「ジャスト カヴァリ(JUST CAVALLI)」と、「マーク ジェイコブス(MARC JACOBS)」のメンズを展開。スタッフインターナショナルはグローバルでは、「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」の製造も手掛けている。「ディーゼル(DIESEL)」を手掛けるレンツォ・ロッソ(Renzo Rosso)率いるOTBグループは2000年、スタッフインターナショナルを傘下に収め
(引用先失念)
■MARTIN MARGIELA 内タグ/代理店/年代 について
1991年から代理店タグか。レボリューション(仙台)
1994AW doll期のアイテムにバスストップの代理タグあるものを確認
代理店表記ないが日本語の品質表記確認
1996AW D-HG1118 オリゾンティの企業コード 青字
~
1998SS D-HG1118 オリゾンティの企業コード 黒字
1998AW オリゾンティ
~
2000SS オリゾンティ
(99SSから海外タグにシーズン表記される)
2000AW KOKONOE3-3-3
~
2001AW KOKONOE3-3-3
2002SS ここのえ3-3-3
~
2005SS ここのえ3-3-3
(ニット、カットソーにはMISSDIANNAタグもあり)
2005AW ここのえ1-3-18
~
2011AW ここのえ
2010AW スタッフインターナショナル
~
2017AW スタッフインターナショナル
2016ss ジョンガリアーノがデザイナーに。Maison Margielaへ改名 (2015年1月)
2018SS マルジェラジャパン
~
●1990s~2004AW 内タグの年代判別
90年代から2004AWまでは内タグの品番333-1の次に来る数字によって年代を判別可能。
(1999SSから海外タグにシーズン表記される)
タグの型番 代理店名 年代
——————————————————
未確認 未確認 ~1996SS
333-○9〇〇〇 企業コード 1996AW
333-○2〇〇〇 企業コード 1997SS
333-○3〇〇〇 企業コード 1997AW
333-○4〇〇〇 企業コード 1998SS
333-○5〇〇〇 オリゾンティ 1998AW
333-○6〇〇〇 オリゾンティ 1999SS
333-○7〇〇〇 オリゾンティ 1999AW
333-○8〇〇〇 オリゾンティ 2000SS
333-○9〇〇〇 KOKONOE 2000AW
2001SS~2004AWまでは代理店表記の裏に10桁の英数字があります。
その1文字目が年代判別できる数字になり、以下の表に当てはめることで年代を特定することができます。
タグの型番 代理店名 年代
——————————————————
2○○○○○○○○○ KOKONOE 2001SS
3○○○○○○○○○ KOKONOE 2001AW
4○○○○○○○○○ ここのえ 2002SS
5○○○○○○○○○ ここのえ 2002AW
6○○○○○○○○○ ここのえ 2003SS
7○○○○○○○○○ ここのえ 2003AW
8○○○○○○○○○ ここのえ 2004SS
9○○○○○○○○○ ここのえ 2004AW
■MARTIN MARGIELA AIDS T 年表(ボディ×プリント)
売上の一部が、フランスのHIV(エイズ)支援団体「AIDES」に寄付されている。
HIV(エイズ)の撲滅や患者のサポートのために設立されたフランスの機関「AIDES」に寄付されていて、HIV(エイズ)の撲滅や患者のサポートのために設立されたフランスの機関「AIDES」に寄付されていて、
プリント内容「THERE IS MORE ACTION TO BE DONE TO FIGHT AIDS THAN TO WEAR THIS T-SHIRT BUT IT’S A GOOD START」
日本語訳「エイズと闘うためにすべき活動はもっとあるがTシャツを着ることは良い始まりだ」
単なる「ファッション」としてチャリティーTシャツが消費される風潮に対し「服を買って着ることで社会問題を意識するきっかけを作りたい」というデザイナーの深いメッセージが込められてるそうだ。
1994AW ダーク(アーミー)グリーン×黒
1995SS 白×黒
1995AW フューシャ(ピンク)×黒
1996SS 灰×白
1996AW 濃灰×黒
1997SS 白×黒 水色×紺
1997AW 赤×黒
1998SS シトロングリーン×白
1998AW 黒(マローン)×白
1999SS 薄ピンク×赤
1999AW 茶(テラコッタ)×白
2000SS 赤×白
2000AW 濃カーキ×青(※ここまでTの横に「・」あり)
2001SS 白×白
2001AW 薄ベージュ(エクリュ)×薄黄
2002SS ネイビー×ピンク
2002AW 灰×黒
2003SS 緑(ケリーグリーン)×白
2003AW 薄グレー×蛍光オレンジ
2004SS カーキグレー×ターコイズ
2004AW 黒×金
2005SS ベージュ×白
2005AW 青紫×白
2006SS バニラ×ターコイズ
2006SS 薄紫×オレンジ(エイズT展フランス・ボンマルシェ限定)
2006AW 黒×バイオレット
2007SS オレンジ×黒
2007AW 黒×黒
2007AW 白×銀(クリスマス限定色)
2007AW ピンクベージュ×黒(表参道店オープン記念限定)
2008SS 霜降り灰×白
2008AW カーキベージュ×赤
2009SS 灰×銀
2009SS 白×ピンク(20周年記念オーバーサイズTシャツ)
2009SS 白×黒(ヴォーグジャパン×ギャルソン限定)
2009AW クリーム×銀ラメ
2010SS 黄色×白
2010AW 濃ブルー×黒のベルベット
2011SS 白×黒(日本語)世界エイズデー限定
2011SS 薄いグレー×グレーのリフレクター加工
2011AW ネイビー×白のオーバーダイ加工
2012SS 白×黒(フランス語)世界エイズデー限定
2012SS ライトブラウン×黒
2012AW チョコレートブラウン×黒
2013SS 薄いグレー×グレー(中国語)世界エイズデー限定
2013SS シルバー×エクリュ バイカラー
2013AW ペトロールブルー×ダークブルー
2014SS 白×ライトブルーチョーク
2014SS 白×白フロッキープリント(エイズT20周年記念)
2014AW 炭黒×白 バイカラースプレー
2014AW 1994AW復刻ダーク(アーミー)グリーン×黒 ユナイテッドアローズ限定 創業25周年記念
2015SS ベージュ×ベージュグリーン バイカラー
2015AW ボルドー×ダークボルドーフロッキー
2016SS スモークグレイ×スモークピンクフロッキー
2016AW ブラック×ブルーフロッキー
2017SS オフホワイト×イエロー
2017AW 霜降り灰×シルバー×ホワイト
2018SS ホワイト×パウダーブルー
2018AW レッド×レッドフロッキー
2018AW 白×黒 長袖 コムデギャルソンとコラボ
2019SS ホワイト× マルチカラー
2019AW ブラック×レッドラメ
2020SS ホワイト×ホワイト
2020AW 霜降り灰×ラベンダー
(盂卯(セレクトショップ)のブログからほぼ参照)
エイズTシャツ以外にも「DEVELOPPEMENT ENFANCE DU MONDE PARIS」のマルジェラデザインのチャリティーTシャツもある。フランスの行方不明の子供をなくす、探す団体。(年代は90年代、詳しい年代は不明)